10月26日、米国立公文書館が保管する「ジョン・F・ケネディ大統領暗殺事件」関係の機密資料が、一部公開された。同資料の公開について定めた法律により、当初は全面公開されるはずだったが、「捜査時の情報提供者とその役割、外国の協力者の支援で実行した活動の特定につながる機微に触れる情報」(政府高官)については、来年4月まで非公開となった。
公開された2891件の資料のうち、これまで完全非公開だったものは、53件。内容はCIAの防犯カメラの写真や、テキサスにあったジョンソン副大統領の家を訪れた訪問者リスト、エドガー・フーバーFBI長官のメモなど多岐にわたる。
例えば、リー・ハーベイ・オズワルド容疑者が射殺された翌日に書かれたフーバーのメモでは、これによって「オズワルドが本当の犯人ではないのではないか」といった“陰謀説”が出回ることを懸念していたことがわかる。
フーバーはオズワルドの逮捕後、ダラスのFBI事務所に殺害予告の電話があったとも証言。「(ダラス警察はオズワルドの)適切な警護を約束したが、それは実行されなかった」と、語っている。
またケネディ暗殺の数週間前に、オズワルドがメキシコ・シティにあるソビエト大使館でKGB第13課(暗殺などを担当する部門)の人間と会っていたとするCIAの文書も公開されている。CIAは事件の約2カ月前から電話の盗聴によって、オズワルドがKGBの人間と片言のロシア語で話していたことも記録している。
一方で、公開されなかった資料のうち、専門家たちは、オズワルドと事件前から接触があったと指摘されている当時のCIAダラス支局長、J・ウォルトン・ムーア氏に関する記録などに注目しているという。だが、オズワルドの単独犯行説は揺るがないとの見方が支配的だ。ではなぜ全面公開を躊躇するのか。
「事件前からオズワルドを監視下に置きながら、CIAやFBIが縄張り意識などから、情報共有を怠り、大統領を死なせる大失態を犯した事実を覆い隠す意図があるとみられています」(現地記者)
悲劇から半世紀。JFKの“死の真相”への関心は、ますます高まっている。